コルコバードの丘のキリスト像
ブラジルのお菓子は1500年4月、カブラルの部隊と共に初上陸。インディオへの贈り物として持ち込まれたという。16世紀、当時のレシピは位の高い修道女によってブラジルに持ち込まれ、宮廷やローマ教皇使節団のために、洗練されたお菓子が作られた。ブラジルにおける菓子も料理同様、奴隷制度を抜きに語ることはできない。植民地時代の白人女性は、富裕層出身がほとんどで、料理を作る習慣がなく、実際の作り手として、奴隷のインディオや黒人女性の存在は見逃せない。
ココナッツたっぷりのキンジン
ポルトガルから伝わったレシピとブラジルのサトウキビ栽培、そして豊富な女奴隷の存在がブラジル人の食・スイーツ事情をより豊かにした。トウモロコシやマンジョツカ(=キャッサバ・芋の一種)までがデザートに姿を変えた。
トウモロコシケーキ(bolo de milho)や
マンジョッカケーキ(bolo de aipim)は植民地時代の代表的菓子となり、今日に至っている。19世紀後半からの移民文化がブラジルに加わり、世界各国のお菓子を見かける様になる。ブラジルのお菓子の定番として、ココナッツ粉をふんだんに入れた
キンジン。国民的菓子としての
ブリガディロは甘いチョコ風味のお菓子である。ブラジルのチョコレートはカカオの含有量が日本のチョコより多く、種類も豊富でしかも安いそうだ。ブラジルのお菓子を一度も食した事はないが、なぜか食べてみたい衝動に駆られるから不思議だ。